今回の旅は・・・・摺上原がテーマです!

ふと読んでいた本に、摺上原の戦いを前に、戦いの最前線に陣を構えている小十郎の元に、そんな危ないところに少数でいるのは心もとないから、自分も援軍を引き連れて行きたい!って、家臣の反対を押し切って決行したということが書いてありました。(ものすごい意訳ですが)
小十郎が心配でそこまで・・・・・!ハスハス。行って来よう!

ということになりました。
また何もない所に行っています(性懲りもなく)
心の目で往時の姿が見える人のみどうぞ・・・・(笑)

 

そして、今回のツアーの行程はこんなかんじです。(画像クリックで別窓拡大します)
摺上原の戦いに至るまでの進軍ルートを辿る旅です。
今回は、主に貞山公治家記録、喜多方市史、猪苗代町史を参考に計画を練りました(初日だけノープランではありません;笑)

guide

2泊3日の行程です。赤いところの駅は途中下車駅です。
初日は郡山から会津を攻めます!
郡山で1泊してから、あとは適当に散策的なプランです(要するに目的を完遂したらノープラン)

それから、今回・・・電車でぶらり旅ですが、磐越西線は本数が少なくてですね・・・・時刻表とにらめっこして、分単位で計画を立てたという(笑)
その反動で翌日以降のプランは全く決めていないわけです。

 

 

 

そして旅は始まる・・・んですが、家に忘れ物をして、いきなり予定がずれたというオチです(笑)
あんなに下調べとかしてたのに、バカァァァァァァ!!!!!
軌道修正案を新幹線で練り直し・・・・

 

とりあえず、郡山を経由して、最初の目的地安子ヶ島へ!

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※日曜昼間の風景です
人いねぇ!!!!

つうことで、いきなり無人駅に降り立ち、旅は始まるのであります!(今回基本的にこうです)
駅を左折し、線路沿いをしばらく歩きますと・・・・

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安子ヶ島城址の碑があります。
電車の車窓からも見えます。しかも、安子ヶ島ってほとんどの電車が止まらないっつーアレなので、
降りるとリスク高いのでご注意です。ぶっちゃけ、車窓から見たほうが安全(笑)

碑だけみてもしょうがないので、ここがどういう場所だったかを簡単に。

天正17年5月4日。会津侵攻の足がかりにまず、この安子ヶ島城を攻めます。
安子ヶ島城は芦名方でしたが、敵わないと判断した城主の安子ヶ島治部が、兵の命の代わりに城を明け渡し、伊達側に落ちます。
この日は、政宗様はこの近くで野陣だったようです。野宿・・・・!

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ちなみに、城の遺構と呼べるようなものは何も残っていません。
宅地開発っつーか農地開発されて、平坦な土地になってしまっています。
一応堀っぽいような・・・・大きな段差みたいなのがあったのですが、それは堀の跡なのかどうなのか。
つまりは、城的なものは残っていないので、妄想で乗り切れ!ということです(笑)
野営にハァハァしようということですね!
陣幕越しに愛を囁く双竜とか萌えますね!陣幕の外で不寝番な小十郎とか萌えすぎる。

 

さてさて。妄想をお楽しみだったわけですが、上の写真のような状態です。
人いません。
ちなみに電車は3時間後です。
次の目的地は一駅先です。
それなので、歩いていけるかな・・・・なんて思ったけど、無理☆
駅に戻るも、無人駅なのでタクシーなんかもなんにもありません。
そこで取った行動は・・・・・

 

困ったときのグーグル先生!

「現在地 スペース タクシー」でここから一番近くのタクシーの営業所を番号つきで教えてくれるんです。
先生は、できる人です(笑)

 

10分も待つと隣の磐梯熱海駅からタクシーが来ました。
次の目的地まで連れて行ってもらうことにしました。
お次は、高玉城址に行きます。安子ヶ島を落とした政宗様は、翌日に高玉城を攻めるのです!

なので、「高玉城址」ってところまで行きたいんですが・・・」と言ったら、新人ドライバーさんだったらしく、場所を知らないっつー。

 

・・・・・ちょっと待ってくださいといわれ、

 

無線で仲間と連絡を取り合われ、みんなで場所を捜索しはじめた。
どこにだか分からないけど、全力で土下座したくなりました(笑)
オタクでごめん・・・・・マニアックでごめん・・・・・・ほんと生きててすまん。
一応地図持ってたんだけどね・・・・

 

仲間の無線にナビされてどうにかこうにか着いた・・・・

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よく見えないけど、高玉城址入り口ってかいてあります。
見えない・・・・!

地元の人がナビしてくれて、まさにここ!なんですが、
実は、もっと手前の道に案内板があって、そっちを見たかったということは、内緒です。
城は・・・・鬱蒼としていて怖いと聞いていたので、本丸付近はスルーして、案内板だけ見て満足して帰る気満々だったのに、
まさかの本丸登城プランです。

確かに城って言ったら、本丸の方連れて行かれるよね・・・・。
せっかく連れてきてもらったので、行くよ・・・!ワシはッ!!(誰)

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入り口です。
木で見えない・・・・!先が!!!
この鬱蒼としたところを10分くらい歩くと本丸跡にたどり着けるようです・・・・・

 

 

・・・・・

・・・・・・・・コエー!!!!

ふもとにいて、すでに先が見えず真っ暗。しかし、今昼ですぜ。

 

オタクは度胸!!いくぜ~~~!!!(笑)
ということで、気合を入れて駆け上ります。

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朽ち果てた階段・・・・。
途中で、なんか御札だか何だか見つけたけど、見なかった、見ていない・・・・何も・・・(笑)

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お化け屋敷のセットみたいです。
マジこえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

ほんと、ぱねぇです。
時々竹やぶがガサガサするだけで、ドッキドッキです(笑)

 

そして、本丸跡へ。
今は神社になっています。

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今回も城の遺構はあんまり・・・・です。
一応、小高い山みたいなところにあります。
ふもとからまっすぐに階段があって、それを登ってきたんですが、
これは後世に参拝用に作られたようです。
ここから奥にすすむと、城の遺構みたいなのが確認できる~って言われてましたが、
そんなの恐ろしくて・・・(笑)

どんなにおそろしいかというと、ここで女子供牛馬に至るまで300人余が撫で斬りにされています。
政宗様が家臣に書状で報告してました。

 

・・・・・ここ!!?(ガタブル)
だから案内版だけでよかったというわけで。一人で行かない方がいい場所っすね。御札あったよ・・・・階段のとこに(ブルブル)

 

ちなみに、撫で斬りですが・・・不本意ながらも結果的にそうなったというようです。
わざと西側だけを残して攻めたのに、誰も逃げずに戦った結果皆殺しになったと。
高玉城主が伊達に下るというのを小十郎を通して申し出たにも関わらず、腹が痛いのを理由に政宗様が会わなかったという・・・・
それに怒った高玉城主が討ち死に覚悟で戦ったので、結果的に皆殺しになってしまったようです。

・・・・政宗様ッ!!!(笑)
そこは、腹痛とか言ってる場合じゃなかったろうよ。
それよりも大事な用でもあったんか。小十郎と密会!?とか勘ぐっちゃうじゃないの。
いずれにせよ、面会を断ったのは失策だったんだろうな。

 

 

さて・・・ブルブルしつつ、戻りまして。再びタクシーに乗って磐梯熱海駅へ。
ちなみに安子ヶ島から高玉城址まで500円。高玉城址から磐梯熱海駅も500円で行かれる安さに驚きました!
一駅歩こうとかやっぱやめておいてよかった(笑)

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電車が来るまでまったりです。

 

そして・・・二日間で2つの城を落とした政宗様。これで会津侵攻のルートが確立されました。
高玉を落とした日は、本宮城にお帰りあそばれたようです。政宗様。(本宮城は明日のコースに入ってます)
で、治家記録をちゃんと読むと、このあとですぐに会津を攻めてはいないのですが、ここでは会津の旅なので、ちょっくらはしょります。
さらに、ダラダラかいてたら長くなったので、次のページに後半を。

今回のメイン!
~小政愛ゆえの強行軍 摺上原の戦い~

です!!

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