摺上原への道、後半戦です。

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猪苗代です。
ここが小政愛ゆえの強行軍の舞台です

 

ここ、猪苗代は猪苗代氏の居城猪苗代城があります。
芦名方の武将でしたが、猪苗代盛国が内応したことにより、伊達方になります。
猪苗代城が戦いの最前線とも言えました。ようやく摺上原に近づいてきました!今回のテーマです!

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猪苗代駅の駅舎。ロッヂ風でかわいい。
さて・・・これから向かうは猪苗代城です。
駅から・・・歩いて30分程度という所かな?とりあえず歩いていってみることにする。

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見えるは磐梯山!
この山の麓が戦いの舞台となったわけですね!
俄然テンションはあがり、脳内BGMは双竜陣のステージのテーマが流れます。
紅葉を期待して歩いていったんですが、酷暑の影響で全く紅葉せず・・・・。残念だわー。

 

ようやく到着です!

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ちょっとだけ紅葉。
そして、本日一番城に来た!!ってかんじの場所です。

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城の見取り図もあるよ!

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石垣の跡も残ってるので、やっと城!!ってかんじがします。
さっきまで妄想で乗り切っていたので、ここへ来てテンションも上がります。

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拡大。

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二ノ郭。

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階段を登って一番上まで。

 

で、ここが小政愛の強行軍の舞台だったわけです。
どんな小政ドラマがあったかというと・・・・。(自分用メモで長いのでスルー推奨)

 

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小政愛のドラマ第516回 ~真夜中の強行軍 貴方に逢いたくて~(笑)

 

そもそもここ猪苗代は、芦名方の猪苗代氏のものだったんですが、父の盛国が芦名を裏切り、息子盛胤(伊達につくのを反対)を追放し、猪苗代城を乗っ取ったことにより、伊達側のものになります。
そして、安子ヶ島、高玉と立て続けに攻めてから約1ヶ月後の6月1日に、猪苗代盛国の内応が決定的になったことを受け、一足先に小十郎を猪苗代に派遣。
翌日に成実も猪苗代へ派遣します。
この頃の政宗様は、本宮城にいたり、安子ヶ島や高玉の方に出てきたり、また本宮に戻ったりを繰り返しています。

そして、運命の3日(?)舞台は安子ヶ島城。
政宗様は軍議を開く(小十郎、成実は猪苗代にいるので不在)
その内容は、猪苗代氏の内応が決定的になり、今こそ猪苗代から会津を攻めるべきで、自分も軍を率いて猪苗代へ行きたいというものだったが、主力部隊は、岩城・佐竹を警戒して別の場所にいるから、少ない人数で行くのは危険!と他の家臣から反対されます。

が!
そこで食い下がらないのが政宗様!

「自分達が行っても尚危険な場所に、小十郎と成実を置いていけない!」

と主張されます。ホロリ・・・・。小政的には、自分で派遣したにも関わらず、心配で心配でたまらない健気な政宗様にしか見えません。隊長!(誰)
とにかく二人に意見を聞こうと使者を送ることで軍議は終わります。

で、ここまでが治家記録の話で、治家記録は、すぐ使者が帰ってきてそれで・・・と話が飛びますが、片倉代々記には、小十郎の元に政宗様の使者がきた話が、もうちょっと詳しく載っているので、小十郎さん達はその時・・・

 

翌日の4日。
片倉さんたちは、来たるべく戦いにむけて、地形を検分していました。
そこに小十郎の元へ、政宗様の使者が来ます。書状の内容は先の軍議でのことです。
書状をもって、小十郎は成実の元へ。相談しようそうしようということでしたが。
まさか、そんな危険な場所に来てくれなんて言えるわけがないし、佐竹の動きも不穏だから、出陣は不要であるという結論に達します。
さらに、安子ヶ島からここまで来るのに、今からだと田舎道を夜通し歩かなければいけないことも、使者に申し伝えました。

そんなわけで、政宗様をいたわり、断ったわけですが・・・・

 

断られるであろうことを予想していた政宗様は、帰ってくる使者を待ち伏せて、
軍議では「二人は出陣して欲しいといっていた」と言ってくれと、口裏を合わさせます。
して、家臣を騙していざ出陣さーーー!

と、相成ります。
愛ゆえです。愛ゆえ。

しかも、この日は雨が降っていたようです。雨で足場が悪くなっている道を夜通し歩かなくてはいけないのに、
さらに夕食も食べずに、午後4時頃安子ヶ島を出発します。
思い立ったら即行動っすね!
小十郎を思えば、ゆっくりご飯も食べている場合じゃないってことですね!
すげー。ほんと小政すぎる。愛の劇場ですね!

しかし、ここからが本当の愛の劇場です(何)

 

その頃の片倉さん達@猪苗代城。
一足先に着いた政宗様の使者から、政宗様ご一行の出陣の旨を聞くが、
成実は、「それは嘘だろう」と言って、政宗様の出陣を信じませんでしたが・・・!

が!!

小十郎は政宗様を信じていた!!
「もはや政宗様は来るだろうと」途中の須川まで向えに行きます。愛!!
信じるってすばらしい!!(笑)
むしろ、政宗様ならやりかねないとか思っていたのかもしれない。萌える・・・!
どこの政宗様も、突っ走るタイプだったんだろうか。
来るなって行ったのに、来ちゃう政宗様と、文句も言わずに(それは殿だからというのは置いておいて)迎えに行く小十郎とか、最強ですね!

もう萌えだべぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!

 

そして、12時頃政宗様一行が猪苗代に到着。
翌日に、摺上原の戦いの火蓋が切って落とされたのであった・・・・・

 

小政愛のドラマ517回へ続く・・・(笑)

 

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そんなドラマチックな場所だったんですね。

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猪苗代城から見た磐梯山。
よく見える~!
この麓でたたかったわけですね!

よっしゃ、次は目指すは、政宗様の本陣ですぞ!

 

 

 

ということで、猪苗代城から、とりあえず磐梯山の方向へ歩きます。
たぶん猪苗代城から50分くらい歩いたような、それ以上だったような気がしますが(だんだん疲れてきて、時間の感覚がなくなっている)

どこだ、どこだと若干不安になりつつ、

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到着です。
摺上原の戦いで、政宗様は八ヶ森という所に本陣を置いたそうです。
現在はその地名が残っておらず、場所は定かではないが、地形的にこのへんではないかと言われています。
セミナーセンターみたいな施設があります。

推定の本陣跡なので、史跡らしいものはなくても妄想で全力カバーする気でしたが・・・
ここのすぐ近くの駐車場になにかを発見!

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五輪塔だそうです。
親子対決となってしまった猪苗代氏の史跡のようです。
芦名を裏切った父・盛国に対し、息子の盛胤は、戦で父親の旗印をみつけると、父とは戦えないと戦わずして退却したということが書いてあります。
そんな盛胤の遺徳を偲んで家臣がこれを作ったそうです。

摺上原関係の史跡を見つけてちょっと満足です。

 

 

で。ここでふと我に帰ると、割と次の電車まで時間がない。
駅からはかなり歩いてきてしまったので、間に合うか微妙です。
むしろ、本当はさらに歩き進めて摺上原合戦場跡に行く予定もあったんですが・・・・
三忠碑っていうのがあって、芦名氏側の史跡ですが、摺上原合戦場跡の史跡らしい史跡といえばそれくらいしかないので、行きたい・・・・

 

が、かれこれ2時間は歩き続けていたので、文字通り足が棒のようである。
そして、疲れて一歩も動けない事態に・・・。
後先考えないで歩くから!!(笑)

今回のツアーは伊達軍の史跡めぐりだから、三忠碑はいいよねーと自己完結しました(笑)

 

そして、一歩も動けなくなった+電車に間に合うか微妙
という状況下で取った行動は・・・

 

困ったときのグーグル先生。
またしても、「現在地 スペース タクシー」でタクシー召還。
先生はできる人です(2回目)

 

猪苗代駅と翁島駅のあいだっこにいた私ですが、猪苗代の方が若干近いということで、
猪苗代駅から再び電車に乗ります。
つうか、このコース猪苗代駅から歩きは結構無茶です(笑)
文字通り足が動かなくなる・・・。

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最後に、政宗本陣(推定)から猪苗代城方向を見た図。
かなり登ってきたので、遠くまで見えます!
うっすら遠くの山々まで見える。

 

 

 

そして・・・・・そろそろ日も傾く頃に・・・・
今回の旅のゴール地点でもある、会津若松に到着です!
芦名氏を滅ぼし、名実とも南奥州の覇者となった政宗様の居城~~~

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ちーーーーーーーん。

 

絶賛改修工事中というオチ。
すごい頑張ってここまできてこういうオチです。
改修中というのは知っていたんですが、まさかここまで何も見えないとは・・・(笑)

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でも、ここに政宗様はいたんだよ・・・!
2代目城主だもんね!(笑)

こうして、見事会津を制圧したわけで。
会津地方で大きな力を振るっていた芦名氏を破った勝因の一つとして、
先に上げたように、政宗の軍が猪苗代へ強行出陣したことが大きいようです。
芦名氏も、佐竹の動きが不穏な今、そっちをないがしろにして、大群がこっちには攻め込んでこないだろうと思って、
大半の兵を猪苗代から黒川へ引き返してしまって、そこに伊達がなだれこんできたと。
さすがに、小政の愛の強行出陣劇は防げなかったということですね!
愛ゆえの勝利に思えてきた・・・・(笑)

 

とりあえず、そんなこんなで、政宗様が奥州筆頭になるまでの史跡を順番に巡ってみました。
残念クオリティの城ですが、前の旅行記にちゃんとした画像もありますので・・・・(笑)
この日は郡山のホテルで1泊しました。

 

では2日目の適当ツアーはこちら

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